校長室より


 

五月

コロナ禍後 1年が過ぎて

新型コロナウィルス感染症の感染症法上の取扱が2類から5類に変わって1年が過ぎました。3年に渡る規制がなくなり、以前の生活が戻ってきた…ということではあるのですが、戻ってきたというよりも、変わったという感じを受けている人が少なくないのではないでしょうか。

この3年間、学校では、してはいけないことばかりでした。その間、これまでは上級生から当然のように伝えられていたもの、連綿と行われ、伝えられてきた行事の運営ノウハウも、経験していない生徒には伝わらず(できることは何とか伝えようと努力をしてくれていましたが…)、さあやってみようとしたときには困惑ばかりでした。その時入学してきた中学1年生も既に卒業し、当然指導する教職員も3年経てば多くが入れ替わり、指導の場面では四苦八苦です。

加えて、教室では携帯端末による授業、教室のモニターも巨大化、教室も特別教室もエアコンが設置されるなど、生活や授業にも大きな変化が見られます。

また、本校では、授業で少しばかり元気がない生徒が目立っていたので、吉浦小学校と一緒に授業改善に取り組んできました。子どもが意欲的に学習できるように授業の中で選択肢を用意し、自分で決めて取り組んで行く「チャレンジ」という場面を設定するものです。毎時間というわけにはいきませんが、「チャレンジ」の場面では、子どもたちが生き生きと活動する姿が見られます。まだまだ、小さな変化ですが、大きな変化にしていきたいのもです。

 話は変わりますが、岡山にある妻の実家の壁には父が紫式部の父、越前守 藤原為時の歌「かうまでに思はざりしに来てみれば いとも住みやすき吉浦の里」を貼っています。先日たまたま、家の修繕を依頼した業者の方がそれを見て、自分は吉浦中の卒業生なんですと言われ、吉浦中の話しをされたということでした。これまでの吉浦の地域の学習、長く続けてこられた「詩歌創作大会」が、一首の詩歌でご縁をつなげてくださるということに、感動し感謝するばかりです。

コロナの3年間、変わってしまったものはありますが、先輩方がずっと続けてくださったものは、卒業生の中にしっかりと根を張り、生き続けているんだと思います。変えられるものは変え、変えられないものは受け入れ、変えられるものと変えられないものを見分ける力を養って、子どもたちの学びの場をしっかりとしたものにしていきたいと思います。